Know-howとKnow-who

2007年問題が現実化し、団塊の世代の退職が始まった。

我々がお手伝いをするクライアントからも「ベテラン社員のKnow-howの継承」についてのご相談を頂くことが多い。色々な取組みをされているお話しを伺うが、先日身近な所でも同じようなKnow-howの継承についての話を聞いた。

個人的なつきあいのある、コンビニエンスストアにおいて店舗を任されている友人がいる。
彼はコンビニエンスストアで働きはじめてから10年ほどになり、最近は店舗を増やしていくために若手メンバーの育成に力を入れている。

先月、今まで店を任せていたスタッフを他の店舗に異動させ、彼自身が店舗経営を行うことになった。
驚いたことに彼が店舗経営を行ない始めてからわずか1ヶ月余りで店舗の売上が1日あたり10万円近く伸びたらしい。
今迄が悪かったわけではない。彼が店舗経営に直接関わる前も前年対比では100%を越えていたのだ。コンビニエンスストアにおいては、これだけの急激に売上を増加させるのは非常に難しいとされている。

当然私は彼に聞いてみた。
「どうしてあなたがやり始めたらそんなに売上があがったの?」と。

彼の答えは「よくわからない。指揮している人が違うとしか言いようが無い」というものだった。
人が違うから結果が違うのは当然だ。しかし具体的な行動としては何が違っているのかが気になり、再度質問した。
「指揮の違いはわかるけど具体的にどんなことが違うの?具体的な行動が違うから結果として売上が伸びているんでしょ?」

しかし彼からの答えは以下のようだった。
「具体的に何を変えていると言われても私がやっているとしか言いようが無い。」
「今やっていることは既にしっかり教えているし、私が関わる前にも出来てはいたんだよね。でも私がやるとより良くなるんだよ。」

彼の感覚では、既に自分自身のKnow-howは概念化され、マニュアルのような形で伝えられているらしい。

「どう行動するか」、というKnow-howは既に浸透しているのであろう。
しかし、それだけでは結局同じような結果は出せない。
「どうしてそのKnow-howは産まれたのか。」「Know-howを産み出した人はなにを目指しているのか」といったKnow-who、すなわちKnow-howを産み出した人の背景に対しての理解があってこそKnow-howは活きてくるのだろう。

Know-howの共有という話はどこでも言っている。
しかしKnow-howの伝承に本当に必要なのは、その人が何を目指し、何を感じて行動してきたかという「Know-who」の共有なのではないだろうか。