2008年1月アーカイブ

大相撲は朝青龍復帰に盛り上がったが、昨年秋にはシゴキが話題になっており
会社や学校のいじめとも結び付けて論じられたりもしていた。
実は私も学生時代に体育会に属しており、かなり厳しい上下関係の中にあった。
しかし、今思うと不思議と当時の先輩を恨む気持ちにならない。

何十年もたった今でも忘れない思い出がある。
私は一年生の時に稽古中の怪我で一泊だけだが入院をした。
怪我は大したことは無く、また不可抗力のできごとだった。
しかし、その時に見舞いに来た自分の両親を幹部の先輩達は直立不動で迎え、
「大切な預かりものの息子さんを怪我させて本当に申し訳ありませんでした!」と深々と頭を下げた。
自分から見たら鬼のように見えた幹部達が心から詫びる姿は
不思議な光景として目に焼きついている。

さて、
組織において上司・先輩たるもの部下(後輩)に対してどうあるべきか。
「厳しくしたいけど辞めちゃうから」と悩んでいる上司も多いようだ。
先日もある会社で課長ミーティングを行った時に
「パワハラという言葉が独り歩きして上司が部下を叱責できない」という意見があった。

しかし、問題は単に「厳しくするか優しくするか」ではない。
部下に対峙する「覚悟」だと思っている。
・自分のビジョンをしっかりと部下に伝え切る覚悟。
・部下が未熟であれば、上司たる自分の問題と捉え本気で育てる覚悟。
・部下のためには上とも戦う覚悟
・そして部下に何かあれば、自分が責任を取る覚悟。

前述した自分の学生時代の先輩はこの最後の項目の覚悟を見せてくれた。
そして「イマドキの若者」に聞いても、決して上司が「厳しいか優しいか」という軸だけでは見ていないのだ。
逆に言えば、覚悟が無い上司はいかに優しくても相手にされないと言うことだ。

別のある会社では「うちのようなレベルの低い社員に話し合いをさせても意味が無い」と言う経営者もいた。
その話を聞いたひとりの社員が失望してこうつぶやいた。
「彼は“経営者”だけど“俺達のオヤジ”じゃないね。
自分の部下のレベルの低さを自分の問題と捉えてないんだもの。」


マネジメントとはヒト・モノ・カネというリソースを生かして最大限の効果を挙げることである。
そしてリソースの中でも最も「伸びしろ」が大きいのはヒトであろう。
もしあなたに部下がいるのであれば、どのような覚悟を持って彼に接しているだろうか。

是非もう一度考えてほしい。

written by H

言葉の内包する意味

年末年始の間に普段はなかなか会うことの出来ない友人と会って話をする機会が多くあった。
久しぶりに話をしていて以前に比べて、考え方や行動が非常に深くなっていたことに驚き、刺激を受けた。

その中でももっともインパクトがあったのは「で何をしたいの?」という問いかけからの話だった。
昔は毎日顔を合わせていたので仲間の言いたいことや意図することが理解できていた。

しかし、生活環境も変わり仕事の状況もよくわからない今ではそれが成立しない。
当たり前のことなのかもしれないが、背景にある状況や
自分自身が成し遂げたいことを説明しないといいたいことが正確に伝わらない。
話をしているときに1人が

「昔は毎日顔を合わせて話をしていたから、みんなわかっていると思っていたけど
もしかしたら違っていたのかもな」とつぶやいた。

最近多くの組織でその組織内や部門内において階層間・担当間で
コミュニケーションギャップが起こっているという話をお聴きする。
色々と聴いていくと「言葉」としては同じ言葉を用いてビジョン実現や目標達成に向けて
様々な施策を行っている。
しかし、その言葉に内包されている意味がそれぞれに異なっており
そこからコミュニケーションギャップが生まれている。
同じ「言葉」「単語」を使っていても意図していることが異なるためにズレが生じる。

これは非常に厄介だ。
普段顔を合わせているだけに「今さら確認できないよな」という意識も働くであろう。
しかしここを確認しておかないと後々非常に厳しい状況に陥ってしまう。

これから3月にかけて多くの組織において年度が切り替わる。
その際に年度振り返りや次年度の計画立案を行うであろう。
そのときにふと思い出してほしい。あなたの組織のメンバーが見ているものが
本当に同じものであるかを。


written by F

変化の予感

2008年が始まって2週間が過ぎた。
年始の挨拶もかねて、クライアントの所を順番に訪問させて頂いている。
お会いした方に、今年の抱負やトップからのメッセージを伺っていると何となく今年は変化が始まるのではないかという予感を持った。

まだ微かな予感であり、ひょっとしたら単なる思い込みかもしれない。
しかしそれは希望の持てる予感だ。

世の中の情勢に目を向けると2008年も決して楽な一年だとは思えない。
国内に目を向けても、世界に目を向けても問題は山積みであり、どれも解決は容易ではない。
その上、先の読めない変化は次々に起こっている。

そのような状況が常態化している中で、個々の、そして組織の意識が変わりつつある。

「変化に対応していく事」に対して焦らなくなっているように感じられるのだ。
色々な言葉、発言の裏ら、じっくりと腰を据えて、本当に価値ある組織を作りたいという意思が見える。

個人として、組織として変化に対応しなくては生き残れない。
そのため目の前にある変化、特に危険に対しては瞬間的に対応出来るように生物はデザインされているという。
一方で、進化はゆるやかな時間の中で起こってきた。
危険に対して反射的に対応するだけでなく、より良くなるためにどうあるべきか。
それを追求してきた事が進化の歴史ではないか。

焦らない事、は座して死を待つ事ではない。
「本当に良くなるためにはどうしたら良いか」を探り、実現していくためには必要不可欠なのだ。

今期、来期だけでなく3年後、5年後を見据えて組織を良くしていく。
その変化の予感を実現する節目となる一年としていきたい。


written by K

求めないこと 捨てること

いよいよ2008年が始まった。
年が変わるというのは不思議だ。
昨日と同じ日常なのに、何故か自己再生できるような気持ちになる。

さて、私自身も少しでも去年より成長した自分でありたいと考えている。
そのための今年のテーマは「捨てる」ということ。

昨年はどんな状況でも諦めずにとにかく食らいついていこうというのが
一番の目標観だった。
それによって沢山の貴重な体験も出来たし、
自分の今までの人生の中でも、間違いなく最も充実した1年であった。

しかし、その一方で
着込みすぎた洋服のように身動きの取れない心理状態になっていたことも確かだ。
武道の呼吸法でも、吸うことよりも吐き出すこと重きを置く。
だからこそ、今年は更なる成長をしていくために
「捨てる」ということも意識しようと思っている。


そんなことを考えていたら書店で一冊の本に出会った。
詩人でアメリカ文学者の加島祥造さんという方が書かれた「求めない」という詩集だ。
すべてが「求めない」で始まる詩が載っている。
あっという間に読みつくして、非常に爽やかな読後感を感じた。
中でも、
「求めなければ、自分が一番大切にしたいものがわかり、
それは大抵は自分が既に持っていたものだ。」
という意味の詩が非常に心に響いた。

「求めない」も「捨てる」も、一見楽そうに見えて
実は物凄く勇気のいることだろうと思う。
人も組織もその勇気が持てるかどうかが、
次のステップにいけるかどうかの分かれ目なのかもしれない。


ありがたいことに今年も新年から重要な案件が目白押しである。
決して淡白にやりすごそうとは思わない。
やるときはもちろん全ての案件に対して全力で向かう。
しかしその中においても片側では、自分自身に対して
「今、何を捨てるか?」と問う勇気も持たねばならない。
チャレンジの一年が始まる。

written by H